お知らせ 日記

【上郷町を歩いて聞いた、昔の遠野と今の暮らし ~「上郷」の由来と65年前のへそパン~】

こんにちは。遠野学習塾の程熊です!

最近、授業のない時間を使って、上郷町を一軒一軒歩きながら地域の皆さんにご挨拶をしています。

普段は穀町の教室で、小学生から高校生までの子どもたちに勉強を教えたり、不登校の子どもたちの学習をお手伝いしたりしています。

そんな自分が地域を歩いてみると、教室の中にいるだけでは聞くことのできない、昔の遠野や今の暮らしについてのお話をたくさん聞かせていただきます。

そして最近は、戸別訪問そのものだけではなく、帰ってからその日に聞いた話を日記として書き残している時間が楽しみになってきました。

今回は、そんな中で聞かせていただいた「上郷」という地名のお話や、約65年前の高校生が食べていた「へそパン」、そして現在の買い物や移動について書いてみたいと思います。

―――「上郷」って、どうして上郷なんだろう?

先日、戸別訪問についてSNSに投稿したところ、

「今度、地名にまつわる話『上郷』もポストして下さいね」

というコメントをいただきました。

言われてみれば、自分も気になります。

私は約10年前に遠野へ移住し、その後、上郷町で暮らすようになりました。

毎日のように「上郷」という地名を使っていますが、

「そもそも、どうして上郷という名前なんだろう?」

と聞かれると、分かりません。

おそらく昔の村史や郷土資料などを調べなければ分からないだろうと思い、

「昔の上郷中学校や、今の上郷小学校のあたりに何か資料が残っているのかな?」

などと考えながら、その日も戸別訪問をしていました。

ところが、地域の方に聞いてみると、意外といろいろな話が出てくるんですね。

地域の歴史に詳しい方から、

「昔は上郷だけではなく、宮守の方には『下郷』という名前もあった」

というお話を聞きました。

確かに現在でも、宮守には「下郷さんさ踊り」という名前が残っています。

そこから、

「もしかすると『上郷』と『下郷』は、何か関係があるのでは?」

という話になりました。

ただし、これはあくまで地域の方から聞かせていただいたお話をもとに考えている段階です。

本当に「上郷」という地名の由来と関係があるのかは、まだ分かりません。

今度は昔の資料なども探して、もう少し調べてみたいと思っています。

SNSで一つコメントをいただく。

次の日、実際に地域の方へ聞いてみる。

すると新しい手がかりが出てくる。

そこから今度は、

「昔の資料でも調べてみよう」

という次の宿題ができる。

こうやって少しずつ話がつながっていくのも、最近とても面白く感じています。

―――約65年前の高校生が食べていた「へそパン」

そして、この日はもう一つ、とても面白い昔話を聞かせていただきました。

お話してくださったのは、約65年前に遠野高校へ通っていたという方です。

以前、別の地域の方から、

「昔は遠野高校の前に商店があった」

という話を聞いていました。

そこで今回は、もう一歩踏み込んで、

「そのお店で、当時の高校生は何を買っていたんですか?」

と聞いてみました。

すると教えてくれたのが、

「へそパン」。

丸いパンの真ん中にピーナッツクリームが入っていて、その見た目から当時は「へそパン」と呼んでいたそうです。

自分も話を聞きながら紙に丸を描いて、

「こんな感じですか?」

と確認しながらメモしていました(笑)。

値段についても聞いてみました。

すると、

「100円はいかなかったと思うけど、いくらだったかまでは覚えてないなあ」

とのこと。

約65年前のことですから、正確な値段まではなかなか覚えていませんよね。

それでも、

「ほぼ毎日食べてたよ」

と懐かしそうに話してくださいました。

一緒に飲むのは瓶に入った牛乳。

その場で飲んで、飲み終わった瓶は返却する。

そんな高校生活だったそうです。

「昔、高校の前に商店があった」

という一文だけなら、昔の町並みの話で終わります。

でも、

「そこで高校生は何を買っていたんだろう?」

と、もう一つ聞いてみる。

すると、約65年前の高校生が学校の近くで「へそパン」を食べ、瓶の牛乳を飲んでいた日常が少しずつ見えてきます。

こういう話が、個人的にはとても面白いです。

歴史の教科書には載らない、ごく普通の人の、ごく普通の日常。

でも、その小さな日常の積み重ねも、その地域の歴史なのかもしれません。

―――65年前の高校生活から、令和の買い物の話へ

その方とは、昔話だけではなく、現在の生活についてもお話しました。

以前は近くにあったスーパーも閉店し、食料品を買える場所が少なくなっていること。

今はまだご自身で車を運転されているものの、

「最近は運転するのも少し不安になってきた」

ということ。

ただ、免許を返納すれば、今度は買い物へ行くためにタクシーを利用しなければならない。

そんな不安も聞かせていただきました。

少し前の戸別訪問でも、別の方から高齢者の移動についてのお話を聞いたばかりでした。

一軒一軒では、それぞれ別の方から聞いた別々の話です。

ところが何軒も回っていると、

「あれ?この話、昨日も聞いたな」

ということが少しずつ出てきます。

免許返納。

買い物。

熊や鹿。

子どもの減少。

学校。

交通。

一人の方だけから聞けば「その人の困りごと」だったものが、何人もの方から繰り返し聞くことで、

「これは地域全体でも考えていかなければならないことなのかもしれない」

と、少しずつ見え方が変わってきます。

そして今回、個人的にとても印象に残ったのが、

約65年前の高校生活について楽しそうに話してくださった同じ方が、現在は、

「車を運転できなくなったら、これから買い物をどうしよう」

という不安を抱えていることでした。

「へそパン」を食べていた高校生の頃の話から、令和の遠野における高齢者の移動の話まで。

一人の方のお話を聞いているだけでも、昔の遠野と今の遠野が自然につながっていきます。

―――今の道路だけでは分からない、昔の「近い・遠い」

この日は、昔の地域の成り立ちについてもいろいろなお話を聞かせていただきました。

特に面白かったのが、昔の交通についてです。

私たちは現在の地図を見ると、

「ここからここまでは近い」

「この地域同士は隣り合っている」

と考えます。

しかし、今のように道路が整備されていなかった時代には、現在とは事情がまったく違います。

山を越えなければ移動できなかった場所があったり、逆に現在の感覚とは違う地域同士の行き来が多かったりしたそうです。

そう考えると、

「昔の人にとって、どことどこが近かったのか」

というのは、現在の地図を眺めているだけでは分からないんですね。

昔の道路。

学校。

商店。

集落。

人の行き来。

そういうものを一緒に見ていくと、地名や地域のまとまりについても、少しずつ違った見え方がしてくるのかもしれません。

―――一人増えると、昔の記憶がどんどん出てくる

もう一つ、今回面白かったことがあります。

地域の方と昔の話をしている途中で、先ほど「へそパン」の話を聞かせてくださった方も会話に加わりました。

世代が近いこともあって、

「あの頃は大変だったね」

「あの世代は悪かったな(笑)」

などと、二人で昔を思い出しながら話がどんどん広がっていきました。

一人に聞いているときには出てこなかった記憶が、同じ時代を知る人がもう一人加わることで、

「あった、あった!」

と次々によみがえってくる。

私はその横で、

「へえー、そんなことがあったんですね」

と聞いているだけなのですが(笑)、これがとても面白い時間でした。

同じ出来事でも、人によって覚えていることが違う。

誰かの一言をきっかけに、別の人の記憶が戻ってくる。

昔の地域について知るというのは、資料を読むだけではなく、こうして人と人との会話の中から見えてくるものもあるのだと思います。

―――自分のことを知ってもらうつもりが、遠野のことを教えてもらっている

戸別訪問を始めた目的の一つは、もちろん自分のことを地域の皆さんに知っていただくことでした。

普段、穀町で学習塾をしていること。

不登校や学習に困っている子どもたちとも関わっていること。

そういったことを知っていただければと思い、一軒一軒ご挨拶しています。

ただ、実際に始めてみると、

「自分のことを知ってもらっている」

というより、

「自分が遠野のことを教えてもらっている」

時間の方が、どんどん長くなってきました。

昔の学校の話。

子どもの話。

熊や鹿の話。

昔あったお店の話。

買い物や交通の話。

地域の名前の話。

その土地に長く暮らしてきた方だからこそ知っている話が、一軒一軒にあります。

私はもともと『遠野物語』が好きで、遠野へ移住してきました。

その自分が今、実際に地域を歩き、一人ひとりから昔の話や現在の暮らしについて聞かせてもらい、それを帰ってから日記として書き残している。

最近は、この時間がとても好きになってきました。

―――遠野で教育に携わる人間として

普段の仕事は学習塾です。

子どもたちに数学や英語を教えたり、受験について一緒に考えたり、学校へ行くことが難しい子どもたちと勉強したりしています。

でも、その子どもたちが暮らしている地域が、これまでどんな場所だったのか。

今、その地域で暮らしている人たちは何に困っているのか。

そして、この地域がこれからどう変わっていくのか。

そういうことを知ることも、遠野で教育に携わっていくうえで大切なのかもしれない、と最近感じています。

「少子化」という言葉を数字だけで見るのと、

「この辺りも、本当に子どもが少なくなったよ」

と地域の方から直接聞くのでは、感じ方が違います。

「高齢化」という言葉を見るのと、

「車を運転できなくなったら、買い物をどうしよう」

と目の前の方から聞くのでも、やはり違います。

教室の中からだけでは見えない遠野があります。

これからも時間を見つけて一軒一軒歩きながら、いろいろなお話を聞かせていただきたいと思います。

そして、聞かせていただいたお話は、忘れないうちに少しずつ記録として残していきたいと思っています。

「昔の上郷にはこんなものがあったよ」

「昔はこんな学校だったよ」

「この地名にはこんな話があるよ」

あるいは、

「今度これについて地域の人に聞いてみてほしい!」

というものがありましたら、ぜひ教えてください。

「上郷」という名前の由来についても、まだ調査中です。

今度は昔の資料にもあたりながら、少しずつ調べてみたいと思います。

今日もたくさんのお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

これからも、教室の中でも、地域の中でも、遠野についていろいろ教えていただければ嬉しいです。

遠野学習塾
程熊 雄也

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